「親が認知症と診断されたら、その日から銀行口座が凍結される」——よく聞く話ですが、正確ではありません。銀行が取引を止める判断は診断書ではなく窓口での意思確認を起点にしています。逆に言えば、止まってしまってから動くと選択肢は実質ひとつしか残りません。元気なうちに何をしておけるのかを、全国銀行協会と最高裁判所の公表資料で確認します。
この記事の結論(3行)
- 凍結の引き金は診断名ではなく「本人の意思確認ができるか」。家族であっても本人の預金は原則引き出せない、というのが銀行界の共通の出発点。
- 止まってから使えるのは成年後見制度がほぼ唯一。ただし親族が後見人等に選ばれたのは令和7年で16.4%にとどまる。
- 元気なうちの選択肢は銀行の代理人届出・任意後見契約・家族信託の3つ。任意後見の利用者は全国で2,833人しかおらず、実質的な空白地帯になっている。
「認知症=即凍結」ではない。銀行が止める場面はどこか
全国銀行協会は2021年2月、高齢の顧客や代理人と取引する際の考え方を公表しました。出発点はきわめてシンプルです。預金は本人の資産であり、払い出すには預金者本人の意思確認が必要。家族といえども預金者の預金を払い出すことはできない——これが銀行界の共通認識です。
そのうえで、状況を5つに分けて対応の考え方が整理されています。自分の家族がどの列にいるのかを把握すると、次に何をすべきかが見えます。
図1:全銀協が示す5つの状況と対応
| 状況 | 誰が取引するか | 銀行の対応の考え方 |
|---|---|---|
| (1) 通常取引 | 本人 | 認知判断能力があり取引の有効性が確保できる場合は、通常どおり取引する。 |
| (2) 能力が低下した本人との取引 | 本人 | 財産保護の観点から、親族等に成年後見制度等の利用を促すのが一般的。手続が完了するまでの間などやむを得ない場合は、本人のための費用の支払いであることを確認して対応することが望ましいとされる。 |
| (3) 法定代理 | 成年後見人等 | 法的な裏付けのある代理権者との取引。法定代理人であることを確認のうえ、各行の手順で対応する。 |
| (4) 任意代理 | 親族等(代理人届出済み) | 本人から有効な代理権付与が行われ、銀行が任意代理人の届出を受けている場合は、その代理人と取引することも可能。 |
| (5) 無権代理 | 親族等(代理権なし) | 成年後見制度を利用していない・できない場合の極めて限定的な対応。本人の医療費等の支払いなど、本人の利益に適合することが明らかな場合に限り依頼に応じることが考えられる、とされる。 |
全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方(公表版)」をもとに編集部作成。同資料は会員各行に一律の対応を求めるものではなく、個別の状況により異なる対応が取られるケースもあり得るとされています。
注目すべきは(4)と(5)の差です。(4)は事前に届出を出しておいた家族、(5)は出していなかった家族。同じ子どもでも、届出の有無で銀行の扱いがまったく変わります。しかも(5)は「リスクは免れないものの」という前置きつきの例外扱いで、応じるかどうかは各行の判断です。断られても不当ではありません。
注意:投資信託の解約はさらに慎重に扱われる
預金が少なくなり、投資信託等しかまとまった資産が残っていない場合の解約依頼について、全銀協は「一旦解約すると預金と異なり原状回復が困難」であることを理由に、預金の払出しより慎重な対応が求められるとしています。証券口座は預金より止まりやすいと考えておくのが安全です。
止まってから使える手段は、実質ひとつしかない
意思確認ができなくなったあとで銀行が正面から応じるのは、成年後見人等が手続きする場合です。では実際に、人はどんな理由で後見の申立てをしているのか。最高裁判所が毎年3月に公表する「成年後見関係事件の概況」の令和7年分に、その答えが出ています。
図2:主な申立ての動機(令和7年・終局事件42,674件に対する割合)
1件で複数の動機が挙げられるため、合計は100%を超えます。
最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況-令和7年1月〜12月-」資料7をもとに編集部作成。
圧倒的1位が「預貯金等の管理・解約」で93.4%。後見の申立ての大半は、口座が動かせなくなったことをきっかけにしています。制度を積極的に選んだというより、他に手がなくてたどり着いた、というのが実態に近いでしょう。
ただし、後見を使うと分かった時点で覚悟しておくべき数字があります。同じ資料から拾うと次のとおりです。
図3:申立てから就任までの実測値(令和7年)
| 項目 | 数値 | 意味 |
|---|---|---|
| 2か月以内に終局 | 71.1% | 4か月以内は93.8%。申立てから口座が動くまで、最低でも1〜2か月は止まる。 |
| 鑑定を実施した割合 | 3.4% | 鑑定は例外。実施された場合も85.8%が10万円以下で収まっている。 |
| 親族が後見人等に選任 | 16.4% | 83.6%は専門職等。申立書に親族候補者を書いた事件自体が19.7%しかない。 |
| 開始原因が認知症 | 61.3% | 次いで知的障害9.6%、統合失調症9.3%。 |
| 任意後見の利用者数 | 2,833人 | 制度全体の利用者259,901人のうち約1%。事前の備えはほとんど使われていない。 |
最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況-令和7年1月〜12月-」(令和8年3月)をもとに編集部作成。
「親族が後見人になれば費用も抑えられる」と考える人は多いのですが、実際に親族が選ばれたのは16.4%です。しかもそれ以前に、申立書に親族候補者を書いている事件が19.7%しかありません。専門職に依頼する前提で申し立てる家族が多数派になっている、というのが現在の姿です。専門職が就くと、本人が亡くなるまで報酬が発生し続けます。
元気なうちにできる3つの備え
凍結を「防ぐ」というより、止まっても動かせる人をあらかじめ用意しておくのが現実的な発想です。手段は大きく3つ、加えて自治体の制度がひとつあります。
図4:事前にできる備えの比較
| 手段 | できること | 手間・費用の目安 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 銀行の代理人届出 (任意代理人) |
届け出た家族が、その銀行の口座について入出金などの取引をする。 | 窓口で所定の届出。多くは無料だが、取扱い・対象範囲は銀行ごとに異なる。 | 本人に判断能力があるうちしか届け出られない。銀行ごとに手続きが必要で、まとめて設定はできない。 |
| 任意後見契約 | 判断能力が低下したあと、本人が選んだ人が代理人になる。財産管理委任契約を同時に結べば、低下前から預金取引を代理できる例もある。 | 公正証書での作成が必須。発効には家庭裁判所への申立てが必要。 | 全国の利用者は2,833人。発効の申立てがされないまま眠る契約が課題とされてきた。 |
| 家族信託 | 財産の管理・処分の権限を、契約で家族に移す。不動産の売却まで想定できる。 | 契約書の作成と(不動産があれば)信託登記。専門家報酬が発生する。 | 信託した財産だけが対象。身上保護(介護契約など)はカバーしない。 |
| 日常生活自立支援事業 | 社会福祉協議会が、日常的な金銭の管理や書類の預かりを支援する。 | 実施主体は市区町村社協。利用料は地域により異なる。 | 判断能力に不安のある方が対象。大きな財産処分や契約はできない。 |
全国銀行協会の考え方および各制度の公的説明をもとに編集部作成。費用は事案により異なります。
いちばん手軽なのは代理人届出です。窓口に本人と一緒に行くだけで済み、費用もかからないのが一般的。ただし本人に判断能力があるうちにしか届け出られないという一点だけは、どの銀行でも共通です。「そのうちやろう」が最も多い失敗パターンで、届出が間に合わなかった家族が、図1の(5)無権代理の列に落ちます。
2026年6月成立の民法改正で、備え方の意味が変わる
2026年6月17日、成年後見制度と遺言制度を見直す民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)が成立し、同月24日に公布されました。成年後見に関する部分の施行は、公布の日から起算して2年6月を超えない範囲で政令で定める日とされています。まだ動いていない改正ですが、いま備えを設計する人には直接効いてきます。
図5:改正で変わる主な点と時期
2026年6月24日|公布
民法等改正法(令和8年法律第45号)と整備法(同第46号)が公布。
公布から2年6月以内|成年後見制度の見直しが施行
後見と保佐が廃止され、補助の制度に一元化。本人に必要な範囲で代理権・同意権を付ける形になる。
同時期|「終身制」の廃止
判断能力が回復していなくても、制度利用の必要がなくなったと家庭裁判所が認めれば、申立てまたは職権で終了できる。
同時期|任意後見が使いやすくなる
明らかに監督の必要がないと認められれば任意後見監督人を選任せず家庭裁判所が直接監督できる。補助の利用を開始しても任意後見契約が存続できるようになり、本人が公正証書で指定した人も発効の申立てができる。
法務省民事局「民法等の一部を改正する法律(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」および「民法等改正法の概要」(令和8年)をもとに編集部作成。
編集部が重要だと考えるのは3つ目と4つ目です。これまでの後見は一度始めると本人が亡くなるまで続くのが原則で、「遺産分割のためだけに使いたい」という動機と制度の重さが釣り合っていませんでした。改正後は必要がなくなれば終了できます。また、任意後見監督人が必須でなくなり、補助と任意後見が併存できるようになることで、いま任意後見契約を結んでおく価値が上がったと言えます。
施行日前に結んだ任意後見契約には改正後の任意後見契約法が適用されます(旧法下で生じた効力は維持)。すでに後見・保佐を利用している人は、基本的に現行の内容のまま継続でき、新制度へ移りたい場合は改正後の補助の申立てを、やめたい場合は取消しの申立てをすることができる、という経過措置が置かれています。
損しないポイント(5つ)
損しないポイント(5つ)
- 口座の数を先に減らす。備えは銀行ごとの手続き。使っていない口座を解約して2〜3行に集約するだけで、あとの作業量が3分の1になる。
- 代理人届出は「本人が窓口へ行ける日」にしかできない。入院や施設入所のあとでは難しくなる。診断の有無にかかわらず、動けるうちに済ませる。
- 医療費・介護費の支払口座を1つに決めて家族が把握しておく。やむを得ず対応してもらう場面(図1の(2)や(5))で、本人のための費用だと示せる資料が要る。
- 任意後見契約は財産管理委任契約とセットで検討する。任意後見は発効まで効力がない。低下前の空白期間を埋める設計にしないと、いちばん困る時期に使えない。
- 迷ったら地域包括支援センターに先に相談する。金融機関と福祉の間をつなぐ窓口として全銀協の資料にも位置づけられている。無料で、制度の入口を整理してくれる。
パターン別の分岐:いまどの段階か
図6:段階別・次にやること
| いまの段階 | 次にやること |
|---|---|
| 親は元気。将来が心配なだけ | 口座の棚卸しと集約、主要行での代理人届出。不動産があるなら家族信託か任意後見の検討まで。 |
| 物忘れが増えてきた。診断はまだ | 代理人届出を最優先。窓口での意思確認ができるうちが期限。並行して任意後見契約を公証役場で検討する。 |
| 診断は出たが、本人と話はできる | 診断名だけで一律に断られるわけではない。取引先の銀行に事情を伝え、どの手続きなら可能かを確認する。 |
| 窓口で断られた。支払いが迫っている | 本人の医療費・施設費であることを示す資料を持って再度相談する。並行して後見の申立て準備へ。急ぐ場合は審判前の保全処分という手もある。 |
| すでに後見が始まっている | 改正法の施行後は、必要がなくなれば終了の申立てができるようになる。現在の内容のまま継続することも可能。 |
イレギュラー・現場対応
相談の現場で実際に起きる場面を、公表資料に書かれている範囲で整理しました。
入院費の支払いが今週にも必要で、後見は間に合わない
全銀協の資料は、成年後見の手続が完了するまでの間などやむを得ず本人と取引する場合について、本人のための費用の支払いであることを確認するなどしたうえで対応することが望ましいとしています。また、医療費等で至急の支払いが必要な場合には審判前の保全処分を活用することも考えられる、と注記されています。請求書や利用明細を持参して、支払先と金額を示せる状態にしてから相談してください。
診断書がないのに「認知症だから」と止められた
銀行が本人の認知判断能力を確認する方法として、資料は本人との面談、診断書の提出、担当医からのヒアリングに加え、診断書がない場合の複数行員による面談や医療介護費の内容等のエビデンス確認を挙げています。診断書は唯一の判断材料ではありません。逆に言えば、窓口でのやりとりだけで判断が動くこともあります。
きょうだいの間で意見が割れている
後見の申立て自体は、本人・配偶者・四親等内の親族などが単独でできます。ただし親族間に対立があると、家庭裁判所が第三者の専門職を選任する方向に傾きやすくなります。令和7年に親族が選ばれたのは16.4%という数字は、この事情も反映しています。事前の代理人届出や任意後見であれば、誰に任せるかを本人自身が決められる点が決定的に違います。
銀行が福祉の窓口へ連絡すると言っている
全銀協は、銀行と地域包括支援センターや社会福祉協議会等との連携強化も同じ資料で示しています。個人情報の提供は本人同意が基本ですが、放置すれば財産に重大な支障をきたし緊急性が高いと思われる例外的なケースでは、家族や行政、福祉関係機関へ必要情報を提供できる場合があるとされています。連絡=トラブル扱いではなく、支援の入口として設計されたものです。
相場観と編集部の価値判断
費用の全体像は「事前は安く、事後は高い」に尽きます。代理人届出は多くの銀行で無料。任意後見契約は公正証書の作成費用と、専門家に依頼する場合の報酬がかかります。一方、事後に法定後見へ進むと、申立ての実費のほかに、専門職が選任された場合の報酬が本人が亡くなるまで毎年発生します。鑑定が行われるのは3.4%と例外的で、行われた場合も85.8%は10万円以下です。恐れられているほど鑑定費用の負担は大きくありません。
編集部の見立てでは、多くの家庭にとって最初の一手は家族信託でも任意後見でもなく、口座の集約と代理人届出です。理由は単純で、費用がほぼゼロで、いちばん早く終わるからです。専門家に相談すると設計の話から入りがちですが、口座が5行に散らばったままだと、どの制度を選んでも手続きは5回発生します。
そのうえで、判断能力が落ちたあとの「誰に任せるか」を自分で決めたいなら、任意後見契約の検討をおすすめします。利用者が2,833人しかいないのは制度が悪いからというより、元気なうちに考える機会がなかったからでしょう。2026年の改正で監督の負担が軽くなり、補助との併存も認められる方向になったことは、この空白を埋める後押しになります。ただし施行はこれからで、実務の運用は今後の政令と家庭裁判所の運用次第です。決め打ちせず、施行時期の情報を追いながら準備を進めてください。
よくある質問
認知症と診断されたら、その日から口座は凍結されますか
診断名だけで自動的に凍結されるわけではありません。全国銀行協会の考え方では、本人に認知判断能力があり取引の有効性が確保できる場合は通常取引を行うとされています。判断が変わるのは、窓口で本人の意思確認ができないと銀行が判断したときです。ただし取扱いは金融機関ごとに異なり、全国一律ではありません。
子どもが親の通帳とキャッシュカードで引き出すのは問題ありませんか
全国銀行協会は「預金は基本的には本人の資産であり、家族といえども預金者の預金を払い出すことはできない」としています。代理権のない親族による取引は無権代理にあたり、本人の医療費等の支払いなど本人の利益に適合することが明らかな場合に限った極めて限定的な対応と位置づけられています。応じるかどうかは各行の判断で、断られても不当ではありません。
代理人届出はいつまでにすればよいですか
本人から有効な代理権の付与ができるうち、つまり本人に判断能力があるうちです。届出を受けている銀行は、その任意代理人と取引することも可能とされています。届出は銀行ごとに必要で、まとめて設定することはできません。取扱いの有無や対象範囲は各行で異なるため、取引先ごとに確認してください。
成年後見の申立てから口座が使えるまで、どのくらいかかりますか
令和7年の実績では、成年後見関係事件の71.1%が2か月以内、93.8%が4か月以内に終局しています。審判が確定して後見人等が就任し、銀行に届出をして初めて取引が再開できるため、申立て準備の期間を含めると数か月を見込む必要があります。至急の支払いがある場合は、審判前の保全処分の活用も選択肢として挙げられています。
2026年の民法改正は、いつから使えるようになりますか
成年後見制度の見直しに係る改正は、公布の日(2026年6月24日)から起算して2年6月を超えない範囲内で政令で定める日に施行されます。したがって最も遅い場合で2028年12月ごろまでに施行されることになります。遺言制度のうち押印の任意化は公布から1年以内、保管証書遺言の創設は3年以内と、部分ごとに施行時期が分かれています。
あわせて読みたい
・一般社団法人全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方(公表版)」(2021年2月18日)
・最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況-令和7年1月〜12月-」(令和8年3月)
・法務省民事局「民法等の一部を改正する法律(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」(令和8年6月30日)および「民法等改正法の概要」
・厚生労働省研究班「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」(2024年公表・2025年の推計値471.6万人)
本記事は公的情報をもとにみんなのミカタナビ編集部が整理したものです。金融機関の取扱いは各行で異なります。個別の判断は取引先の銀行・家庭裁判所・専門家にご確認ください。
