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ものづくり補助金や省力化投資補助金には、採択されたあとに毎年チェックされる「賃上げ要件」がついています。要件を満たせなかったら補助金を全額返す——そう思っている経営者は多いのですが、公募要領とFAQを読むと実際はそうではありません。返還の計算方法は指標ごとに違い、しかも返還を求められない免除条件が2つ用意されています。さらに、事業計画の途中の年度で目標に届かなかっただけでは返還にならない指標もあります。
この記事は、中小企業省力化投資補助金〈一般型〉第5回〜第8回のよくあるご質問(2026年8月18日更新)と公募要領の記述を軸に、賃上げ要件が未達になったときに実際に何が起きるのかを整理したものです。返還が発生する場面の全体像は補助金の返還が必要になる5つの場面にまとめてあります。本記事はそのうち賃上げ要件だけを深掘りします。
賃上げ要件は2本立て|見ている数字も判定タイミングも違う
まず押さえるべきは、賃上げ要件が一つではないことです。基本要件として課されるのは「1人当たり給与支給総額を年平均成長率3.5%以上増加させること」と「事業場内最低賃金を地域別最低賃金+30円以上とすること」の2つ。前者は会社全体の給与の底上げ、後者はいちばん低い時給の人の水準です。判定のタイミングも、返還の計算式も別物です。
| 1人当たり給与支給総額 | 事業場内最低賃金 | |
|---|---|---|
| 目標 | 年平均成長率(CAGR)3.5%以上の増加 | 地域別最低賃金+30円以上 |
| 判定の時点 | 事業計画期間の終了時点で1回(3年計画なら3年後、5年計画なら5年後) | 事業計画期間中の毎年3月末時点 |
| 未達のときの返還額 | 達成率に応じた按分 | 補助金額 ÷ 事業計画年数(未達の年度ごと) |
| 途中年度の未達 | 返還を求められない | その年度分の返還対象になる |
| 対象になる人 | 基準年度と各事業年度で全月分の給与等を受けた従業員 | 補助事業の実施場所で働く従業員のうち最も低い時給の人 |
この違いが実務で効いてくる場面は具体的です。たとえば5年計画で1年目に賞与を出せず給与支給総額が横ばいだったとしても、給与支給総額の側は返還になりません。一方で、同じ年に事業場内最低賃金が地域別最低賃金+30円を割っていれば、その年度分として補助金額の5分の1の返還が発生します。毎年ヒヤヒヤするのは最低賃金の側だと理解しておくと、優先順位を間違えずに済みます。
「年平均3.5%」は毎年3.5%ではない|3年後に10.87%でよい
年平均成長率3.5%という表現から、「毎年3.5%ずつ上げ続けなければいけない」と受け取ってしまう人がいます。事務局のFAQはこの点を明確に否定しています。3年の事業計画で年平均3.5%増加を目標にした場合、3年後の1人当たり給与支給総額が基準年度と比べて約10.87%以上増えていればよく、期中の年度で目標の増加率を達成していなくても返還を求めませんと書かれています。
ここから逆算すると、賃上げの入れ方に自由度が生まれます。業績が読みにくい初年度は据え置き、設備が回り始めた3年目に一気に引き上げる、という形でも終了時点で条件を満たせば問題ありません。ただし、これは給与支給総額の側だけの話です。事業場内最低賃金は毎年3月末に見られるため、こちらは初年度から水準を維持する必要があります。
返還額の計算|達成率按分と年数按分の2種類
公募要領の「基本要件未達の場合の補助金返還義務及び免除要件」には、2つの計算方法が書かれています。1人当たり給与支給総額の目標が未達なら達成率に応じて返還、事業場内最低賃金の要件が未達なら補助金額を事業計画年数で除した額の返還です。
気をつけたいのは、地域別最低賃金が毎年10月に改定されることです。2026年度の改定は全国加重平均で1,176円という水準が示されており、都道府県ごとの発効日も9月から10月に集中します。賃金水準を固定したまま何もしなければ、地域別最低賃金+30円のラインは毎年勝手に上がっていくという構造です。事業場内最低賃金の未達は、賃下げをしなくても発生しうるということになります。
賃上げ実績の確認は「給与データの整理」から
賃上げ要件の達成判定は、給与支給総額や事業場内最低賃金の集計が土台になります。給与・会計データを1か所にまとめておくと、報告時の集計や返還額の試算がすぐできます。
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返還が免除される2つの条件
- 付加価値額が増加しておらず、かつ企業全体として営業利益が赤字の場合など。給与支給総額については「事業計画期間の過半数が営業利益赤字の場合など」、事業場内最低賃金については「当該事業年度の営業利益赤字の場合など」と、FAQでは表現が分かれている。
- 天災など事業者の責めに負わない理由がある場合。この場合も返還を求めない。
加えて、やむを得ない事情で未達になった場合は、効果報告の時点で個別の状況を見て判断するとされている。事業者の責めに帰さない理由と判断できる場合は、例外的に同一人での比較を認めるなどの対応が取られることがある。
この免除要件は「儲かっていないなら返さなくてよい」と読めますが、条件が付加価値額の非増加と営業利益の赤字の両方である点に注意が必要です。付加価値額は営業利益+人件費+減価償却費で計算されるため、賃上げをして人件費が増えれば付加価値額も上がります。つまり賃上げを実施したが業績が伴わなかった場合は、付加価値額が増えている=免除の条件を満たさないという組み合わせが起こりえます。免除を当てにした計画は立てないほうが安全です。
給与支給総額の数え方|算定から外せる従業員がいる
返還を避ける現実的な手段は、賃上げそのものより先に「分母と分子を正しく数えること」です。FAQには算定対象の定義が細かく書かれており、知らずに全従業員で割ってしまうと実態より低い数字になります。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 含める給与 | 給料、賃金、賞与、各種手当(残業手当・休日出勤手当・職務手当・地域手当・家族/扶養手当・住宅手当)など給与所得として課税対象になるもの |
| 含めない給与 | 福利厚生費、法定福利費、退職金 |
| 算定対象の従業員 | 基準年度およびその算出対象となる各事業年度において、全月分の給与等の支給を受けた従業員 |
| 除く必要がある人 | 中途採用や退職で全月分の給与等を受けていない従業員(その事業年度に限り除く) |
| 除くことができる人 | 産前・産後休業、育児休業、介護休業など福利厚生等により時短勤務を行っている従業員 |
| 雇用形態が変わった人 | 定年後の嘱託社員なども、全月分の給与等を受けていれば対象に含まれる |
育児休業や介護休業の取得者を算定対象から除けるという規定は、実務上かなり大きい項目です。年度の途中で長期休業に入った従業員をそのまま分母に残すと、1人当たりの金額が大きく下がって未達に見えてしまいます。効果報告の前に、その年度に全月分の給与を受けていない人と、休業・時短で除外できる人を洗い出す作業を入れてください。
パターン別|こういう場合はどうなるか
| 状況 | 扱い |
|---|---|
| 労働生産性の目標(年平均4.0%)が未達 | 交付決定の取消や返還にはならない。ただし意図的に設備を未使用のまま放置していた等、故意・過失が原因の場合は取消・返還の可能性がある。 |
| 事業計画期間中に従業員が0人になった | 個別の事情を見て判断される。責めによらない事情なら、例外的に役員報酬を含む給与支給総額の増加率で比較することが認められる場合がある。ただし申請時点で従業員0を前提とした計画は立てられない。 |
| 補助事業の実施場所が複数ある | 最も事業場内最低賃金が低くなる事業場の数字を用いる。1か所でも下回れば未達になる。 |
| 最低賃金の減額特例の許可を受けた労働者がいる | 都道府県労働局長から減額特例の許可を受けている労働者は、地域別最低賃金+30円を満たしている必要はない。 |
| 効果報告を期限までに出さなかった | 補助金の返還となることがある。未達かどうか以前に、報告しないこと自体がリスクになる。 |
| リース会社との共同申請だった | リース会社に交付されている補助金については、リース会社からの返還を求められる。 |
返還額や税務の取り扱いは専門家に確認する
返還額の計算や税務上の処理は個別事情で変わります。税務相談や申告書の作成は税理士にしかできません。依頼先が正規の税理士かは公式サイトで検索・確認できます。
▶ 税理士情報検索サイト(日本税理士会連合会・公式)
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損しないポイント|申請の段階でできる4つ
- 事業計画年数を3年で出すか5年で出すか。年数が短いほど累計の必要増加率は低くなるが(3年で約10.87%、5年で約18.77%)、最低賃金側の返還単価は補助金額÷年数なので、3年計画のほうが1年あたりの返還額は大きくなる。どちらのリスクを取るかの選択になる。
- 大幅な賃上げ特例は必須ではない。年平均6.0%+地域別最低賃金+50円という上乗せ要件を満たすと補助上限が引き上がるが、あくまで特例措置。上限額に釣られて自社の実力を超えた目標を置くと、返還の確率がそのまま上がる。
- 応募申請時に置いた目標値は後から変更できない。実現不可能だと気づいた場合、一度辞退して再度応募し直す以外に方法がない。
- 賞与の設計で終了時点を合わせる。給与支給総額には賞与が含まれ、判定は事業計画終了時点の1回。最終年度に賞与を厚くすることで累計の増加率を持ち上げる余地がある。
現場でつまずくのはここ
相談として多いのは「補助金をもらった以上、赤字でも賃上げしなければ全額返還になるのではないか」という不安です。実際の規定はそこまで硬直的ではなく、付加価値額が増えておらず営業利益も赤字という状況であれば返還は求められません。ただし、この免除は効果報告で数字を出して初めて判断されるものです。報告を出さないまま放置すると、免除の判断そのものが行われず返還となることがあります。
もう一つ、見落とされがちなのが基準年度の取り方です。第8回公募からは労働生産性の年平均成長率の算定で「基準年度=補助事業が完了した日を含む事業年度」と定義が変わっています(第5〜7回は応募申請時の値と比較)。同じ補助金でも公募回で計算式が違うため、自社が採択された回の公募要領とFAQを見るという当たり前の作業を省かないでください。他社の記事や過去回の解説をそのまま当てはめると、判定年度がずれます。
賃上げ要件は省力化投資補助金だけのものではありません。新事業進出・ものづくり商業サービス補助金の第1回でも、付加価値額の年平均+4.0%以上、賃上げの年平均+3.5%以上、事業場内最低賃金が地域別最低賃金+30円以上という共通要件が置かれています。制度ごとに数字と計算式が違うため、新事業進出・ものづくり商業サービス補助金 第1回や省力化投資補助金〈一般型〉第8回の記事もあわせて確認してください。
相場観と編集部の見方
編集部の見方を書いておきます。賃上げ要件は「補助金の後払いより厳しい制約」だと考えたほうが実態に近いと感じます。設備投資の補助金は入金までの資金繰りが語られがちですが、そこは融資やつなぎで一時的に埋められます。一方、賃上げ要件は補助事業が終わったあと3〜5年にわたって固定費を上げ続ける約束であり、しかも地域別最低賃金+30円のラインは毎年10月に自動で切り上がります。設備の投資回収より、この人件費の上昇カーブのほうが効いてくる会社は少なくないはずです。
そのうえで、返還の設計自体は理不尽ではありません。全額返還ではなく達成率按分であること、業績が伴わないときの免除要件があること、労働生産性の未達は返還にならないこと。この3点は、制度が「無理に賃上げして倒れる」ことを避ける方向で作られている証拠だと読めます。だからこそ、申請時に見栄えのする目標を置くより、達成できる年数と増加率を選ぶほうが結果的に得になります。目標値は後から変えられません。
- 自社が採択された公募回の公募要領とFAQを開いたか(回によって計算式が違う)
- 事業計画年数と、終了時点で必要な累計増加率を数字で把握しているか
- 算定対象から除く従業員(全月分の給与未受給・産休育休・介護休業・時短)を洗い出したか
- 給与支給総額から福利厚生費・法定福利費・退職金を除いてあるか
- 実施場所が複数あるとき、最も低い事業場内最低賃金で判定しているか
- 直近10月の地域別最低賃金改定を反映した+30円のラインを満たしているか
- 付加価値額(営業利益+人件費+減価償却費)を計算し、免除要件に当たるか確認したか
- 効果報告の提出期限を過ぎていないか
返還が生じたときの資金繰りも想定しておく
返還が決まると、短期間でまとまった支出が発生します。経費管理や資金調達の選択肢をあらかじめ把握しておくと、資金繰りの悪化を避けやすくなります。
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よくある質問
賃上げ要件が未達だと補助金は全額返還になりますか?
全額返還ではありません。1人当たり給与支給総額の目標が未達の場合は達成率に応じた按分での返還、事業場内最低賃金の要件が未達の場合は補助金額を事業計画年数で除した額の返還です。さらに、付加価値額が増加しておらず営業利益が赤字などの場合や、天災など事業者の責めに負わない理由がある場合は返還を求められません。
事業計画の途中の年度で目標に届かなかったらどうなりますか?
1人当たり給与支給総額は事業計画終了時点で判定するため、期中の年度で目標の増加率を達成していなくても返還を求められません。3年計画で年平均3.5%を目標にした場合、3年後に基準年度比で約10.87%以上増えていれば要件を満たします。一方、事業場内最低賃金は毎年3月末時点で判定されるため、未達の年度ごとに返還対象になります。
労働生産性の目標を達成できなかった場合も返還ですか?
労働生産性の向上目標を達成できなかったことで交付決定の取消や補助金の返還になることはありません。ただし、意図的に省力化製品を未使用のまま放置していたなど、補助事業者の故意・過失が原因で未達だった場合は、交付決定の取消や返還となる可能性があります。
給与支給総額に賞与や手当は含まれますか?
給料、賃金、賞与、各種手当(残業手当・休日出勤手当・職務手当・地域手当・家族/扶養手当・住宅手当)など給与所得として課税対象になる経費が含まれます。福利厚生費、法定福利費、退職金は除きます。個人事業主本人の所得金額は給与支給総額に含めません。
育児休業に入った従業員がいると数字が下がります。除外できますか?
当該事業年度において、産前・産後休業、育児休業、介護休業など事業者の福利厚生等により時短勤務を行っている従業員は、算定対象から除くことができます。また、中途採用や退職で全月分の給与等の支給を受けていない従業員は、その事業年度に限り算出の対象から除く必要があります。
申請したあとに目標値を下げることはできますか?
応募申請時に策定した目標値の変更はできません。事業計画の目標値を変更したい場合は、いったん辞退したうえで再度応募申請を行う必要があります。実現可能性の見極めは申請前に済ませておくべき論点です。
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出典(公式情報)
- 中小企業省力化投資補助事業〈一般型〉第5回〜第8回公募「よくあるご質問」(独立行政法人中小企業基盤整備機構/運営:全国中小企業団体中央会)2026年8月18日更新
- 同〈一般型〉公募要領「1-6 基本要件未達の場合の補助金返還義務及び免除要件」
- ミラサポplus「新事業進出・ものづくり商業サービス補助金」第1回公募の共通要件(中小企業庁)
- 厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」(+30円の基準となる地域別最低賃金)
本記事は2026年8月20日時点で公表されている公募要領・FAQにもとづく編集部の整理です。返還額の具体的な算定と個別事情の判断は事務局が行います。自社が採択された公募回の公募要領を必ず確認し、判断に迷う場合は事務局の問い合わせ窓口へご相談ください。
