従業員が育児休業を取るとき、中小企業にとっての現実的な悩みは「その間の業務をどう回すか」です。両立支援等助成金の育児休業等支援コースは、育休の取得と職場復帰を計画的に支援した事業主に、育休取得時30万円・職場復帰時30万円のあわせて60万円を支給する制度です。ただし「育休を取らせた」だけでは対象になりません。休業前の面談とプラン作成、休業中の情報提供、復帰前の面談、そして原職等への復帰と6か月以上の継続雇用まで、一連の取り組みが要件になっています。この記事では、その要件を順番に満たしていくための実務手順を整理します。
結論の要点
| いくら | 育休取得時30万円+職場復帰時30万円=最大60万円。①②とも1事業主2人まで(無期雇用・有期雇用それぞれ1人ずつ) |
|---|---|
| どこへ | 本社等の所在地を管轄する都道府県労働局(雇用環境・均等部/室) |
| いつまでに | 要件を満たす行為は育休開始前から始まる。面談とプラン作成を休業前に済ませていないと後から取り返せない |
| 育休の長さ | 連続3か月以上の育児休業(引き続き休業する場合は産後休業を含む)が必要 |
| 最大の罠 | 「②職場復帰時」は①育休取得時を受給済みの同一の育児休業が対象。①を申請していないと②だけの申請はできない |
本記事は2026年8月8日時点で、厚生労働省「2026(令和8)年度 両立支援等助成金のご案内」および都道府県労働局の公開情報を確認して作成しています。支給要件は細部が改正されることがあり、要件を満たした日によっては令和7年度以前の支給要領が適用される場合があります。申請前に必ず厚生労働省の最新の支給要領と管轄の都道府県労働局にご確認ください。
育児休業等支援コースは何を評価する助成金か
両立支援等助成金には6つのコースがあります。育児休業等支援コースは、そのうち「労働者の円滑な育児休業の取得・職場復帰に取り組み、労働者が育児休業を取得した場合に受給できる助成金」として位置づけられています。つまり評価対象は休業を挟んだ前後のマネジメントであって、育休そのものではありません。ここを取り違えると、育休が終わってから「実は要件を満たしていなかった」と気づくことになります。
図1|支給額と要件(育児休業等支援コース)
| 種別 | 支給額 | 主な要件 |
|---|---|---|
| ①育休取得時 | 30万円 | 方針の社内周知/面談と育休復帰支援プランの作成・実施/休業開始日の前日までに業務の引き継ぎ/連続3か月以上の育児休業の取得/休業中の職務や業務の情報・資料の提供 |
| ②職場復帰時 | 30万円 | ①と同一の育児休業取得者が対象/育児休業終了前に上司または人事労務担当者が面談を実施し結果を記録/原則として原職等に復帰させ、申請日までの間6か月以上継続雇用 |
出典:厚生労働省「2026(令和8)年度 両立支援等助成金のご案内」(リーフレットNo.14)をもとに編集部作成。①②とも1事業主2人まで(無期雇用・有期雇用それぞれ1人ずつ)。
なお、出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)の「男性労働者の育児休業取得」の対象となった同一の育児休業取得者の同一の育児休業について、育児休業等支援コース(育休取得時等)との併給はできません。男性従業員の育休で両方を狙うことはできないため、どちらで申請するかを事前に決めておく必要があります。
妊娠の報告から支給までの時系列
この助成金は、従業員から妊娠・出産の報告を受けた時点でスタートしていると考えたほうが安全です。順番を間違えると要件を満たせません。
図2|取り組みの時系列
STEP1 方針を社内に周知する(報告を受ける前でも可)
育児休業の取得・職場復帰支援に関する方針を社内に周知します。掲示・イントラ・書面配布など、周知した事実を記録に残せる方法で行います。
STEP2 本人と面談し、育休復帰支援プランを作る(休業開始前)
ここが最重要です。面談の結果を記録し、それをもとにプランを作成して実施します。厚生労働省が「育休復帰支援プラン」策定マニュアルを公開しており、仕事と家庭の両立支援プランナーが中小企業を無料で訪問支援する仕組みもあります。
STEP3 休業開始日の前日までに業務の引き継ぎを終える
引き続き休業する場合は産前休業の開始日の前日までです。引き継ぎ資料や引き継ぎ完了の記録を残しておきます。
STEP4 連続3か月以上の育児休業を取得してもらう
引き続き休業する場合は産後休業を含みます。休業中は職務や業務の情報・資料の提供を実施します(社内報の送付、業務連絡の共有など)。
STEP5 育児休業終了前に復帰面談を行い、記録する
実施するのは上司または人事労務担当者です。面談結果を記録に残すことが要件です。
STEP6 原職等に復帰させ、6か月以上継続雇用する
「原則として原職等」への復帰が要件です。復帰後の申請日までの間、6か月以上の継続雇用が必要になります。
STEP7 都道府県労働局へ支給申請する
①育休取得時と②職場復帰時では申請できるタイミングが異なります。申請期間は支給要領で定められているため、管轄の労働局で必ず確認してください。
損しないための4つのポイント
取りこぼしやすいところ
- 面談とプランは「休業開始前」に済ませる。後付けの書類では要件を満たしません。妊娠・出産の報告を受けたら、その週のうちに面談日を設定してしまうのが確実です。
- 無期雇用と有期雇用でそれぞれ1人ずつ使える。①②とも1事業主2人までですが、無期・有期の内訳が決まっています。正社員1人で枠を使い切ったと思い込まず、パート・契約社員の育休も対象にできないか確認してください。
- 他コースとの併用設計を先に決める。同じ育児休業について、出生時両立支援コースの「男性労働者の育児休業取得」との併給はできません。一方で、育休中等業務代替支援コースは業務を代替する労働者に着目した別建ての助成なので、設計次第で組み合わせを検討できます。どのコースで申請するかを、育休が始まる前に決めておきましょう。
- 両立支援プランナーの無料支援を使う。プラン策定のノウハウを持つ「仕事と家庭の両立支援プランナー」が中小企業を訪問し、無料でプラン策定を支援する仕組みがあります。書類の作り方でつまずくくらいなら、先に相談したほうが早いです。
自社は「中小企業事業主」に当たるか
両立支援等助成金では、産業ごとに中小企業の範囲が定められています。資本金・出資額と常時雇用する労働者数のどちらかに当てはまれば中小企業に該当します。
図3|両立支援等助成金における中小企業の範囲
| 産業別 | A 資本額または出資額 | B 常時雇用する労働者数 |
|---|---|---|
| 小売業(飲食業を含む) | 5千万円以下 | 50人以下 |
| サービス業 | 5千万円以下 | 100人以下 |
| 卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
| その他 | 3億円以下 | 300人以下 |
出典:厚生労働省 両立支援等助成金リーフレット。AまたはBのいずれかに当てはまれば中小企業に該当します。
パターン別・自社はどう使うか
A|女性社員から妊娠の報告を受けたばかり
最短経路です。方針の周知が済んでいなければ先に整備し、産前休業の開始日の前日までに面談・プラン作成・引き継ぎを完了させます。産後休業から続けて育休に入るケースでは、期日が思ったより早く来ます。
B|男性社員が育休を取る予定
出生時両立支援コースとの選択になります。子の出生後8週以内に開始する短期の育休なら出生時両立支援コース(1人目20万円)、連続3か月以上の育休が見込めるなら育児休業等支援コース(最大60万円)が候補です。期間の見込みで判断してください。
C|有期雇用のパート社員が育休を取る
①②とも無期雇用・有期雇用でそれぞれ1人ずつ枠があります。正社員で既に受給していても、有期雇用労働者の枠が残っている可能性があります。
D|すでに育休に入ってしまった
休業開始前の面談・プラン作成・引き継ぎが要件のため、①育休取得時の受給は難しくなります。②職場復帰時は①の受給が前提なので、こちらも対象外です。この場合は、業務を代替する労働者に着目した育休中等業務代替支援コースなど別のコースを検討することになります。
E|復帰後に本人が短時間勤務や別部署を希望している
②職場復帰時は「原則として原職等に復帰」が要件です。本人の希望による配置転換がどこまで許容されるかは個別判断になるため、復帰前に労働局へ確認しておくのが安全です。
イレギュラー・現場でつまずくところ
社会保険労務士事務所や労働局の案内で繰り返し注意喚起されている論点を、編集部の視点で整理しました(特定の事例を再現したものではありません)。
つまずきやすい5つの場面
- 面談をしたが記録を残していない。「面談を実施し、面談結果を記録」が明示的な要件です。日時・出席者・内容がわかる様式で残してください。口頭のやりとりだけでは証明できません。
- 就業規則の整備が追いついていない。雇用関係助成金は、労働関係法令の遵守が前提です。育児・介護休業法に沿った規定が就業規則に整備されていないと、そもそも入口で止まります。
- 育休が3か月に届かなかった。連続3か月以上が要件です。本人の事情で早期復帰した場合、①育休取得時の要件を満たさなくなります。復帰時期が動く可能性がある場合は、早い段階で労働局に相談を。
- 年度をまたいで支給要領が変わった。各コースごとに定める支給要件を満たした日等によっては、令和7年度以前の支給要領が適用されます。「今年度のリーフレットの金額」で計算していたら違った、という取り違えが起こりえます。
- 復帰後6か月を待たずに申請してしまう。②職場復帰時は、原職等復帰から申請日までの間に6か月以上の継続雇用が必要です。カレンダーに申請可能日を書き込んでおくのが確実です。
金額の相場観と、編集部の判断
両立支援等助成金の中で、育児休業等支援コースの60万円がどの位置にあるかを整理しておきます。1人あたりの支給額でいえば中位ですが、設備投資も新規雇用も不要で、面談・プラン・記録という社内の運用だけで完結する点が特徴です。
図4|両立支援等助成金の主なコースの支給額(令和8年度)
出典:厚生労働省「2026(令和8)年度 両立支援等助成金のご案内」。各コースには人数上限や加算があり、単純比較はできません。判断材料としてご覧ください。
編集部の見方。この助成金の実質的な価値は、60万円という金額よりも「育休前後の運用が仕組みとして残ること」にあると考えます。面談記録・復帰支援プラン・引き継ぎ資料は、次に誰かが育休を取るときにそのまま使えます。逆に、助成金だけを目的にすると、休業開始前の面談やプラン作成の期限に間に合わず、結局申請できないという結果になりがちです。従業員から妊娠の報告を受けた日を起点に、その週のうちに面談日程を押さえる。それだけで受給可能性は大きく変わります。なお、社会保険労務士へ申請代行を依頼する場合の報酬は事務所ごとに大きく異なるため、複数から見積もりを取ることをおすすめします。
申請前チェックリスト
図5|受給までに確認する8項目
| □ | 自社が両立支援等助成金の「中小企業事業主」に該当するか確認したか |
| □ | 育児・介護休業法に沿った規定が就業規則に整備されているか |
| □ | 育休の取得・職場復帰支援に関する方針を社内に周知し、その記録があるか |
| □ | 休業開始前に面談を行い、育休復帰支援プランを作成・実施したか |
| □ | 休業開始日の前日までに業務の引き継ぎを完了したか |
| □ | 連続3か月以上の育児休業の見込みがあるか |
| □ | 休業中の情報提供と、復帰前の面談・記録の予定を組んだか |
| □ | 他コースとの併給制限を確認し、どのコースで申請するか決めたか |
申請先と公式情報
申請先は本社等の所在地を管轄する都道府県労働局(雇用環境・均等部/室)です。支給要件・様式・申請期間は支給要領で定められています。着手前に必ず最新版をご確認ください。
よくある質問
育児休業等支援コースはいくら支給されますか?
育休取得時が30万円、職場復帰時が30万円で、あわせて最大60万円です。①②とも1事業主2人までで、無期雇用と有期雇用それぞれ1人ずつという内訳になっています。
育児休業は何か月以上必要ですか?
連続3か月以上の育児休業が要件です。引き続き休業する場合は産後休業を含みます。
職場復帰時の30万円だけを申請できますか?
できません。職場復帰時は、育休取得時の助成金を受給済みの同一の労働者の同一の育児休業が対象です。育休取得時を申請していない場合は職場復帰時のみの申請はできません。
育休が始まってから準備を始めても間に合いますか?
育休取得時の要件には、休業開始日の前日までの業務の引き継ぎや、休業前の面談・育休復帰支援プランの作成・実施が含まれます。休業開始後からの着手では要件を満たすことが難しくなります。
男性社員の育休でも使えますか?
使えます。ただし出生時両立支援コースの男性労働者の育児休業取得の対象となった同一の育児休業については、育児休業等支援コース(育休取得時等)と併給できません。どちらで申請するかを事前に決める必要があります。
申請先はどこですか?
本社等の所在地を管轄する都道府県労働局です。雇用環境・均等部(室)の助成金窓口が担当しています。支給要件や申請期間は支給要領で定められているため、事前に問い合わせることをおすすめします。
