ひとり暮らしで、頼れる親族がいない。あるいは子どもは遠方にいて、亡くなった後の手続きで迷惑をかけたくない。そんなときに検討されるのが死後事務委任契約です。自分が亡くなった後の事務——葬儀、役所への届出、家の解約、デジタル資産の始末——を、生きているうちに第三者へ委任しておく契約をいいます。
誤解されがちですが、これは遺言書ではできないことを埋めるための契約です。遺言書が扱えるのは、原則として財産の行き先や身分に関することだけ。「葬儀は家族葬で」「賃貸を解約して」という願いは、遺言に書いても法的な拘束力を持ちません。
そしてもうひとつ、2026年に押さえておくべき変化があります。公正証書の作成手数料が2025年10月に約20年ぶりに改定され、死後事務委任契約の公証人手数料は11,000円から13,000円になりました。古い記事の金額をそのまま信じないでください。この記事では、頼める範囲、費用の実額と内訳、契約の作り方、そして預けたお金を守る方法までを、公式資料をもとに整理します。
この記事の結論(5行)
- 死後事務委任契約は法的に有効です。最高裁平成4年9月22日判決が、委任者の死亡で終了させない合意を有効と認めています。
- 遺言書との役割分担が要。財産の行き先は遺言書、葬儀や解約の手配は死後事務委任契約。どちらか一方では足りません。
- 公証人手数料は13,000円。2025年10月の手数料令改定で、算定不能の法律行為に適用される区分が11,000円から13,000円へ上がりました。
- 本当の負担は預託金です。報酬20万〜50万円に対し、葬儀・納骨・遺品整理の実費として70万〜200万円程度を預けるのが一般的です。
- 預けたお金の守り方が最大の論点。国のガイドラインは預託金を事業者の運転資金と分けて信託等で管理することを求めています。契約書で確認してください。
死後事務委任契約とは何か──遺言書では届かない領域を埋める契約
民法653条は「委任は、委任者または受任者の死亡によって終了する」と定めています。文字どおり読めば、自分の死後の事務を誰かに頼むことはできないはずです。
この点について最高裁は、民法653条1号は任意規定であり、当事者がこれと異なる合意をすることも許されると判断しました(最高裁第三小法廷 平成4年9月22日判決)。自己の死後の事務を含めた委任契約は、委任者の死亡によっても契約を終了させない旨の合意を含む趣旨のものと解される、という考え方です。この判例によって、死後事務委任契約の有効性は実務上確立しています。
では、遺言書や任意後見契約とは何が違うのか。この3つは並べて理解すると迷いません。
| 制度 | 効力が働く時期 | カバーする範囲 |
|---|---|---|
| 任意後見契約 | 判断能力の低下後 〜死亡まで | 財産管理、介護施設の契約、医療費の支払いなど。本人の死亡と同時に終了します。 |
| 死後事務委任契約 | 死亡の直後から | 葬儀・納骨の手配、役所への届出、住まいの解約、遺品整理、契約の解約。財産の分配はできません。 |
| 遺言書 | 相続手続きの段階 | 財産を誰に渡すか、遺言執行者の指定、認知など。葬儀の方法を書いても法的拘束力はありません。 |
この表の要点は、3つの制度に切れ目があることです。任意後見は死亡した瞬間に終わり、遺言書が動き出すのは相続手続きの段階。その間、つまり亡くなった直後の数日から数週間が、誰も担当者のいない空白になります。火葬の手配も、賃貸の明け渡しも、この空白の中で発生します。死後事務委任契約は、まさにここを埋めるためのものです。
頼めること・頼めないこと
この線引きを理解しないまま契約すると、あとで揉めます。よくあるのが「自宅を売って費用に充ててほしい」という依頼です。不動産の売却は財産の処分なので、死後事務委任契約では実行できません。遺言書に遺言執行者を指定して、そちらで手当てする必要があります。
費用はいくらか──公証人手数料13,000円と、その先にある預託金
費用は3つの層に分かれます。「契約を作る費用」「亡くなった後に働いてもらう報酬」「実際に出ていく実費」です。混同すると、見積書を見たときに桁を読み違えます。
死後事務委任にかかる費用の3層構造(編集部の整理)
まず公証人手数料から。死後事務委任契約は、報酬の定めがあっても契約の性質上「目的の価額を算定できない法律行為」に当たります。公証人手数料令16条により、この場合の目的価額は500万円とみなされます。そして2025年10月1日に約20年ぶりの改定があり、200万円超500万円以下の区分の手数料は13,000円になりました(改定前は11,000円)。ここに証書の枚数による加算が乗ります。
注意:ネット上の「11,000円」はほぼすべて改定前の金額です
死後事務委任契約や任意後見契約の解説記事の多くは、2025年10月の手数料令改定より前に書かれています。金額が11,000円と書いてあれば、その記事はそれ以前の情報だと判断して差し支えありません。手数料表は日本公証人連合会のサイトで公開されているので、契約前に必ず現行の表で確認してください。
次に報酬と実費です。ここが総額を決めます。民間事業者の一般的な価格帯では、契約書の作成に3万〜30万円、死後事務の基本報酬に20万〜50万円、そして葬儀・納骨・遺品整理などの実費として70万〜200万円程度の預託金を求められるのが通例です。総額で50万〜100万円以上、実費を含めれば200万円を超える設計も珍しくありません。
契約するまでの流れ(時系列)
STEP 1 最初の1〜2週間
頼みたいことを書き出す
葬儀の形式、埋葬の場所、連絡してほしい人、処分してほしいもの、残したいもの。この棚卸しが契約書の中身になります。エンディングノートを併用すると整理が早く進みます。
STEP 2 1か月程度
受任者を決める
親族、友人、行政書士・司法書士・弁護士などの専門職、または高齢者等終身サポート事業者。個人に頼む場合は「自分より先に亡くなる可能性」を必ず考え、予備の受任者を決めておきます。
STEP 3 2週間〜1か月
契約書の案文をつくる
委任する事務を「できるだけ具体的に」列挙します。「葬儀に関する一切」といった包括的な書き方だけでは、後で受任者が判断に迷い、相続人と衝突します。費用の上限額も書き込みます。
STEP 4 公証役場で1日
公正証書にする
義務ではありませんが、公正証書にしておくと、金融機関や葬儀社、役所に対して「本人の意思である」ことを示しやすくなります。手数料は13,000円と枚数加算。事前に案文を公証人へ送って調整します。
STEP 5 契約後すみやかに
お金の置き場所を決める
預託金を預けるのか、遺産から支払うのか。預けるなら、どの口座で、誰の名義で、どう分別管理されるのかを契約書に明記します。ここが後述する最大の論点です。
以後 1〜2年ごと
見直す
住まい、連絡先、葬儀の希望、事業者の経営状況は変わります。契約は結んで終わりではありません。定期的に受任者と連絡を取り、内容を更新してください。
預けたお金をどう守るか──国のガイドラインが求めていること
この契約でいちばん深刻な事故は、事業者が破綻して預託金が戻らないことです。数十万円から数百万円を、亡くなるまで何年も他人に預けるという構造そのものにリスクがあります。
この分野には長く法規制がありませんでしたが、2024年(令和6年)6月、国が「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」を策定しました。内閣官房の身元保証等高齢者サポート調整チームを中心に、内閣府・金融庁・消費者庁・総務省・法務省・厚生労働省などが関わってまとめたものです。身元保証サービス、死後事務サービス、日常生活支援サービスの3つを対象にしています。
契約前に確認する5項目
- 預託金は事業者の運転資金と分けて管理されているか。ガイドラインは、経営破綻に備えて信託契約等による管理を求めています。
- どの口座に、誰の名義で置かれるか。「信託口座で分別管理する」と契約書に書かれているかを目で確認します。口頭説明だけでは足りません。
- 返金の条件はどう書かれているか。途中解約したとき、いくら戻るのか。使わなかった実費は誰に返るのか。
- 受任者が先に亡くなったらどうなるか。予備の受任者、あるいは法人としての承継の定めがあるか。
- 相続人がいる場合、その人に知らせてあるか。知らされていない契約は、死後に相続人と受任者の衝突を生みます。
身元保証サービスとセットで契約するケースが多いため、事業者の選び方は身元保証サービスの選び方もあわせて確認してください。
損しないポイント5つ
ここだけは押さえる
- 遺言書とセットで作る。死後事務委任契約だけでは財産が動かせず、遺言書だけでは葬儀の手配ができません。片方だけ作ると、必ずどちらかで詰まります。遺言書の書き方と法務局の保管制度を先に読んでおくと設計が早まります。
- 費用は「報酬」と「実費」を分けて見積もらせる。総額だけの提示は比較できません。報酬20万〜50万円、実費70万〜200万円という内訳の相場を知ったうえで、内訳明細を求めてください。
- 公証人手数料は13,000円が現行。11,000円と説明された場合は、その事業者の資料が2025年10月の改定に追いついていないサインです。ほかの数字も疑ってかかる価値があります。
- 受任者を1人にしない。個人に頼むなら予備の受任者を、法人に頼むなら承継の定めを。委任者より受任者が先に亡くなる事態は現実に起こります。
- 相続人がいるなら必ず伝える。相続人は契約を知らないまま、遺産から費用が支出された事実に直面します。事前に共有しておくだけで、死後の紛争のほとんどは防げます。
イレギュラー・現場対応──よくある3つのつまずき
専門職の解説や自治体の相談窓口で繰り返し取り上げられている、実務で起きやすい場面を編集部の視点で整理しました。
相続人が「そんな契約は認めない」と言い出す
死後事務委任契約は本人と受任者の契約であり、相続人の同意は要件ではありません。ただし相続人には、委任契約を解除しうる立場があるという議論が実務上残っています。裁判例では、委任者の意思が明確で、契約の内容が相当な範囲にとどまる場合には、相続人による一方的な解除を認めない方向の判断が示されてきました。逆に言えば、内容が過大だったり不明確だったりすると争いの余地が生まれます。費用の上限を書く、委任する事務を具体的に列挙する、公正証書にする。この3つが、そのまま紛争予防策になります。
受任者が病院に駆けつけられない・連絡がつかない
契約書があっても、亡くなったことが受任者に伝わらなければ何も始まりません。実務上は、病院・施設・大家・かかりつけ医に「自分に何かあったらこの人に連絡してほしい」と伝え、契約書の写しか連絡先カードを渡しておくのが最も確実です。緊急連絡先の登録と、契約の存在を第三者が知っている状態をつくることが、契約そのものより効きます。冷蔵庫や玄関に連絡先を貼っておくという、素朴な方法も現場では機能します。
本人が亡くなった時点で口座が凍結され、費用が払えない
金融機関が死亡を把握すると口座は凍結されます。これが預託金という仕組みが存在する理由です。預けていなければ、受任者は葬儀費用をいったん立て替えるか、遺産分割を待つことになります。逆に、預託金を預けない「遺産控除型」を選ぶなら、遺言書で葬儀費用の支出を明記しておく、あるいは相続預貯金の払戻し制度が使える体制を整えておくといった補いが要ります。口座凍結で実際に何が止まるのかは死亡による口座凍結と仮払い制度で詳しく整理しています。
相場観と編集部の価値判断
総額100万円から200万円という数字だけを見ると高く感じます。ただ、その大半は預託金=いずれ自分の葬儀と納骨に使われるお金であって、サービスへの支払いではありません。純粋な手数料部分は、契約書作成の3万〜30万円と基本報酬の20万〜50万円。ここを比較の軸に置くと、事業者間の差が見えるようになります。
編集部の見立てとしては、「誰に頼むか」で費用よりも大きな差が出ます。親族や友人に無償で頼めるなら費用はほぼ公証人手数料だけで済みますが、その人が高齢であれば、いざというときに動けないリスクを抱え込むことになります。専門職や事業者に頼めば確実性は上がる代わりに、預託金の保全という新しい心配が生まれます。どちらを選んでも心配は残る。だから「心配をゼロにする」ではなく「どの心配なら自分は許容できるか」で選ぶのが現実的です。
もうひとつ。契約を急ぐ前に、本当に必要な範囲がどこまでかを見直す価値があります。子どもが遠方にいるだけで連絡が取れる関係なら、必要なのは死後事務委任契約ではなく、情報の整理かもしれません。エンディングノートと生前整理で希望と連絡先をまとめ、葬儀の生前契約だけを別に結べば、費用は大きく下がります。契約は手段であって目的ではありません。
よくある質問
死後事務委任契約は法的に有効ですか。
有効です。民法653条1号は委任が委任者の死亡によって終了すると定めていますが、最高裁第三小法廷の平成4年9月22日判決は、この規定は任意規定であり当事者がこれと異なる合意をすることも許されると判断しました。自己の死後の事務を含めた委任契約は、委任者の死亡によっても契約を終了させない旨の合意を含む趣旨と解されるとされ、実務上その有効性は確立しています。
公正証書にしないといけませんか。
義務ではありません。私文書でも契約は成立します。ただし公正証書にしておくと、金融機関・葬儀社・役所に対して本人の意思であることを示しやすく、原本が公証役場に保管されるため紛失や改ざんの心配もありません。手数料は現行で13,000円に証書の枚数加算です。費用に対して得られる安心が大きいため、公正証書化をおすすめします。
公証人手数料はいくらですか。
13,000円です。死後事務委任契約は報酬の定めがあっても目的の価額を算定できない法律行為に当たり、公証人手数料令16条により目的価額は500万円とみなされます。2025年10月1日の手数料令改定で、200万円超500万円以下の区分は11,000円から13,000円に引き上げられました。これに証書の枚数による加算が付きます。
費用の総額はどのくらいかかりますか。
内訳で見ると、契約書の作成費用が3万〜30万円、死後事務の基本報酬が20万〜50万円、葬儀や納骨の実費に充てる預託金が70万〜200万円程度というのが民間事業者の一般的な価格帯です。総額では50万〜100万円以上、実費を含めると200万円を超える設計もあります。ただし預託金は自分の葬儀等に使われる実費なので、サービスへの支払いと分けて考えてください。
遺言書があれば死後事務委任契約は要りませんか。
要ります。遺言書に法的な効力が認められるのは、原則として財産の行き先や身分に関する事項です。葬儀の方法、賃貸住宅の解約、公共料金やサブスクの解約といった希望を書いても法的拘束力はありません。また遺言書が実際に動き出すのは相続手続きの段階なので、亡くなった直後の数日間は誰も担当者がいない空白になります。両方をセットで用意するのが基本です。
預けたお金は事業者が倒産したら戻りませんか。
戻らないおそれがあります。それを防ぐため、2024年6月に国が策定した高齢者等終身サポート事業者ガイドラインでは、預託金を事業者の運営資金と区別し、経営破綻に備えて信託契約等に基づき管理することが示されています。契約前に、預託金がどの口座に誰の名義で置かれるか、分別管理の方法が契約書に明記されているかを必ず確認してください。
受任者は誰に頼めますか。
親族や友人などの個人でも、行政書士・司法書士・弁護士といった専門職でも、高齢者等終身サポート事業者でも構いません。資格は必要ありません。ただし個人に頼む場合は、自分より先に亡くなる、あるいは病気で動けなくなる可能性を必ず考え、予備の受任者を決めておいてください。法人に頼む場合は、承継の定めがあるかを確認します。
家族がいても契約する意味はありますか。
あります。子どもが遠方に住んでいる、高齢である、仕事を離れられないといった場合、死亡直後の駆けつけや手配を担うのは現実的に難しいことがあります。誰が何をするかを決めておくこと自体が、残された家族の負担を減らします。ただし家族と連絡が取れる関係であれば、契約より先に希望と連絡先の整理で足りることも多く、必要な範囲を見極めることが大切です。
あなたの体験を聞かせてください
この手続きで「実際はこうだった」「ここでつまずいた」という経験があれば、体験談募集フォームから教えてください。許諾をいただいたものだけ、出所を明示して記事に反映します。
出典・参考
- 日本公証人連合会「Q3. 法律行為に関する証書作成の基本手数料」(公証人手数料令第9条別表、算定不能は500万円とみなす=手数料令16条)
https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow12/q12-03 - 日本公証人連合会「公証人手数料令の改正について」(2025年10月1日施行・その他の公正証書の作成手数料の見直し)
https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow12 - 内閣官房 身元保証等高齢者サポート調整チームほか「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」(令和6年6月)
https://www.moj.go.jp/content/001420018.pdf - 最高裁判所第三小法廷 平成4年9月22日判決(民法653条1号は任意規定であり、死後の事務処理の委任も有効)
- 民法第653条(委任の終了事由)
本記事は2026年8月22日時点の公表情報にもとづく編集部の整理です。公証人手数料は公証人手数料令の定額ですが、証書の枚数などにより加算があります。契約書作成費用・基本報酬・預託金の金額は民間事業者ごとに大きく異なり、本記事の数値は一般的に示されている価格帯の目安です。実際の契約にあたっては、複数の事業者から内訳明細を取り、契約書の条項を必ずご自身で確認してください。本記事は法律相談ではありません。
相続と葬送に関する手続きをまとめて確認したい方は、相続・お葬式ガイドから関連する記事をたどれます。
