2026年4月1日、養育費のルールが大きく変わりました。改正されたのは民法などで、離婚のときに養育費を取り決めていなくても、月ごとに一定額を請求できる「法定養育費」と、公正証書や調停調書がなくても相手の給与や預金を差し押さえられるようにする「先取特権」の2つが新設されています。
この記事の結論
- 法定養育費は「子1人につき月2万円」。子が2人なら月4万円、3人なら月6万円です(法務省令で確定)。
- 取決めがなくても離婚の日から請求できます。ただし取決めができた時点、または家庭裁判所の審判が確定した時点で終わります。
- 先取特権の上限は「子1人につき月8万円」。この範囲なら、公正証書や調停調書といった債務名義がなくても差押えができます。
- 施行日は2026年4月1日。あわせて財産分与の請求期間が2年から5年に伸びました。
- 相手が支払能力を欠く場合などには、支払を拒める仕組みも同時に用意されています。「必ずもらえる金額」ではありません。
この記事では、法定養育費の金額と期間、先取特権でできるようになったこと、いま離婚を控えている人・すでに離婚した人それぞれの動き方を、法務省の資料をもとに整理します。基準日は2026年8月28日です。
2026年4月から何が変わったのか
今回の改正は「民法等の一部を改正する法律」(令和6年法律第33号)によるものです。共同親権の導入が大きく報じられましたが、養育費まわりの変更も実務上のインパクトは同じくらい大きいものでした。
新設 1
法定養育費
民法第766条の3。取決めがなくても、離婚時から一定額を請求できます。額は法務省令で子1人につき月2万円と定められました。
新設 2
養育費の先取特権
民法第306条・第308条の2。子1人につき月8万円までの範囲で、債務名義がなくても差押えができ、他の債権者に優先して弁済を受けられます。
新設 3
執行手続の負担軽減
民事執行法第167条の17など。財産の調査から差押えまでの申立てが一本化され、相手の収入情報の開示を命じる裁判手続も整備されました。
あわせて、財産分与を請求できる期間が離婚から2年から5年に伸長され、婚姻中の財産の取得・維持への寄与の割合を原則2分の1ずつとすることが明確化されました。養育費とは別枠の話ですが、離婚後にお金の整理を進める人には同じくらい重要な変更です。
法定養育費はいくらか|子の数で決まる
金額は、2025年12月12日に制定された「民法第308条の2の規定による子の監護費用の先取特権に係る額の算定等に関する省令」(令和7年法務省令第56号)で確定しました。省令は改正民法と同じ2026年4月1日に施行されています。
| 子の数 | 法定養育費(月額) | 先取特権が付与される上限(月額) |
|---|---|---|
| 1人 | 2万円 | 8万円まで |
| 2人 | 4万円 | 16万円まで |
| 3人 | 6万円 | 24万円まで |
出典:法務省民事局「養育費に関する法務省令の概要」(令和7年12月)。法定養育費は「月額2万円に子の数を乗じて得た額」、先取特権が付与される額は「月額8万円に子の数を乗じて得た額」と定められています。
ここで混同しやすいのが、「2万円」と「8万円」はまったく別の役割の数字だという点です。2万円は取決めがないときに請求できる金額、8万円は差押えのときに債務名義なしで実行できる上限です。取決めで月6万円と決めた場合、その6万円全額が先取特権の対象になり得ます。
2つの金額の役割の違い(子1人の場合)
いつからいつまで請求できるのか
法定養育費は「離婚したらずっともらえるお金」ではありません。本来の取決めができるまでの、つなぎの制度です。民法第766条の3は、始まりと終わりを次のように定めています。
始まり
離婚の日から。養育費の取決めをしないまま離婚した場合、その日から毎月末に請求できるようになります。申立てや手続きを経てから始まるものではありません。
終わり(いずれか早い日)
① 父母の協議で養育費の取決めができた日
② 家庭裁判所の審判が確定した日
③ 子が成年に達した日
支払を拒める場合
支払う側が支払能力を欠くこと、または支払うと自分の生活が著しく窮迫することを明らかにしたときは、その全部または一部の支払を拒むことができます。権利そのものが消えるわけではなく、行使を止める仕組みです。
つまり、法定養育費を受け取り続けることがゴールではありません。この制度を「相手と話し合うテーブルにつかせるための時間稼ぎ」として使い、その間に本来の取決めを固めるのが正しい使い方です。月2万円は、養育費の相場から見れば十分な額とはいえないためです。
先取特権で何ができるようになったのか
改正前は、相手の給与や預金を差し押さえるには債務名義——公正証書(強制執行認諾文言つき)、調停調書、審判書、判決——が必要でした。当事者同士が紙に書いただけの合意書では、相手が払わなくなっても差押えはできません。ここが養育費が途切れる最大の構造的な理由でした。
改正前(2026年3月まで)
- 差押えには債務名義が必須
- 私的な合意書だけでは執行できない
- 公正証書を作るには相手の協力と費用が必要
- 他の債権者と同順位で分け合う
改正後(2026年4月から)
- 子1人につき月8万円までは債務名義なしで差押えが可能
- 当事者間の合意書にもとづく担保権の実行ができる
- 他の一般債権者に優先して弁済を受けられる
- 財産の調査から差押えまでの申立てが一本化
「優先して弁済を受けられる」という点も見落とせません。相手に借金があって複数の債権者が同時に差押えをかけた場合、養育費は先に配当を受けられる位置に置かれました。相手の経済状況が悪いケースほど、この違いが効いてきます。
「債務名義がいらない」の意味を誤解しない
債務名義が不要になったのは、先取特権の範囲(子1人につき月8万円まで)に限った話です。取決めた養育費が月10万円で、そのうち8万円を超える部分について差押えをしたいなら、従来どおり債務名義が必要になります。また、実際の手続きは「担保権の実行としての差押え」であり、裁判所への申立てと、相手の勤務先や口座の特定は依然として必要です。相手の情報を何も知らないまま自動的に取り立てられる制度ではありません。
あなたはどのパターンか
パターンA
これから離婚する
法定養育費があるからと取決めを省略しないでください。月2万円は最低限のつなぎです。協議離婚でも養育費の額・支払期間・支払方法を書面にし、可能なら公正証書にしておくほうが後の手間が圧倒的に少なくなります。
パターンB
すでに離婚していて取決めがない
法定養育費は「離婚の日から」発生する制度のため、施行前に離婚した人にどこまで及ぶかは施行後の運用と裁判例の蓄積を待つ部分があります。家庭裁判所の養育費請求調停は施行前後を問わず利用できるので、まずはそちらの検討が現実的です。
パターンC
取決めはあるが払われていない
先取特権がもっとも効くのがこのパターンです。私的な合意書しかなくても、月8万円までの範囲なら担保権の実行としての差押えを検討できます。相手の勤務先や口座がわからない場合は、財産開示や第三者からの情報取得の手続きとあわせて申し立てます。
パターンD
支払う側で、払えない
支払能力を欠くこと、または支払うと生活が著しく窮迫することを明らかにすれば、法定養育費の支払を拒める仕組みがあります。放置ではなく、家庭裁判所での手続きを通じて額の変更や猶予を求めるのが正しい対応です。
損をしないための5つのポイント
- 「法定養育費があるから取決めは後でいい」と考えない。月2万円は生活費として十分な額ではなく、しかも取決めができた時点で終わる暫定措置です。
- 合意書は必ず書面で残す。先取特権は「当事者間の合意」を土台に差押えを可能にする仕組みです。口約束では実行の根拠を示せません。
- 相手の勤務先と口座は離婚前に控えておく。差押えの入口はここで決まります。改正で情報開示の手続きは整備されましたが、最初から分かっているほうが早く安く済みます。
- 財産分与は5年に伸びた。離婚から2年が過ぎて諦めていた人も、2026年4月以降は請求できる可能性があります。婚姻中の寄与は原則2分の1ずつです。
- 未払いは放置しない。養育費の債権にも時効の問題があります。連絡が取れなくなった段階で、家庭裁判所または法テラスへ相談してください。
現場で起きやすいイレギュラー
相手が「法定養育費なんて知らない」と言う
施行から数か月しか経っていないため、支払う側が制度を知らないケースは多く起こります。法務省はパンフレット、ポスター、約37分の解説動画を公開しており、自由にダウンロードして使えるとしています。感情的なやり取りにする前に、公式資料をそのまま共有するほうが話が早いのが実務的なやり方です。
共同親権になったら養育費は減るのか
親権の形と養育費の額は別の問題です。養育費は子と同居していない側が子の監護に要する費用を分担するものなので、親権が共同か単独かで自動的に決まる金額ではありません。ただし監護の分掌の仕方によって、実際の負担割合の話し合いは複雑になり得ます。親権の判断そのものについては、共同親権で単独に決められることの線引きで整理しています。
相手が自営業で給与差押えができない
給与という差押えやすい財産がないケースです。この場合は預貯金口座、売掛金、事業用でない動産などが対象になります。改正では、相手の収入情報の開示を裁判所が命じる手続きが整備され、財産の調査から差押えまでの申立てが一本化されました。「相手が自営業だから無理」と最初から諦める必要はありませんが、手続きの難易度は上がるため専門家への相談を前提に考えてください。
注意
この記事は法務省の公表資料をもとに制度の枠組みを整理したものです。編集部は弁護士・司法書士ではなく、個別の事案についての法的判断を示すものではありません。実際の請求や差押えの可否は事情によって変わるため、弁護士、法テラス、お住まいの自治体の養育費相談窓口へご相談ください。施行直後の制度のため、運用は今後の裁判例で明確になっていく部分があります。
編集部の見方|数字で見る改正の重さ
厚生労働省「令和3年度 全国ひとり親世帯等調査」によると、母子世帯で養育費の取決めをしているのは46.7%、現在も受けているのは28.1%でした。取決めをしても、実際に受け取り続けられている世帯は半分強にとどまります。
母子世帯の養育費の取決めと受給の状況
この2つの数字が、今回の改正が何を狙っているかを説明しています。46.7%という取決め率の低さに効くのが法定養育費、28.1%という継続受給率の低さに効くのが先取特権です。制度の設計としては、穴の空いている場所をきちんと狙っています。
一方で、編集部として気になるのは金額の水準です。法務省令の制定過程ではパブリックコメントに363件(個人351件、団体12件)の意見が寄せられ、その検討を経て月2万円という額に落ち着きました。省令の附則には、施行状況や社会経済情勢の変化を勘案して必要があれば所要の措置を講ずる旨が置かれています。つまり金額は「固定」ではなく、運用実績を見て見直される前提の数字です。
実務的な結論はシンプルです。法定養育費はセーフティネットであって目標ではありません。この制度に頼り切るのではなく、施行によって差押えのハードルが下がった今こそ、きちんとした取決めを書面で残す価値が上がった——そう捉えるのが正しい読み方だと考えます。
いま確認しておくチェックリスト
- ☐ 養育費の取決めが書面(できれば公正証書)になっている
- ☐ 取決めに「額・支払期間・支払方法・振込先」が明記されている
- ☐ 相手の勤務先名と所在地を控えている
- ☐ 相手の金融機関名(支店まで分かれば理想)を控えている
- ☐ 未払いが始まった月と金額を記録している
- ☐ 児童扶養手当など、他に使える制度を確認した
手続きの進め方
取決めがなく、相手が支払わない場合の動き方を、現実的な順番で並べます。いきなり差押えに進むより、記録と相談を先に整えるほうが結果的に早く終わります。
STEP 1
取決めの有無と内容を確認する。離婚協議書、公正証書、調停調書のいずれかがあるかを探します。何もない場合は、メールやメッセージのやり取りも合意の記録として残しておきます。
STEP 2
相手に請求する意思を書面で伝える。内容証明郵便である必要は必ずしもありませんが、いつ・いくらを請求したかが残る形にします。ここで支払いが再開することも少なくありません。
STEP 3
自治体の養育費相談窓口か法テラスに相談する。多くの自治体がひとり親家庭向けの相談窓口を設けており、公正証書の作成費用の補助や、保証会社との契約費用の補助を用意しているところもあります。
STEP 4
家庭裁判所の養育費請求調停を申し立てる。取決めがない場合の本筋はここです。調停が成立すれば調停調書という債務名義が得られ、差押えの範囲も8万円の枠に縛られなくなります。
STEP 5
差押えを申し立てる。債務名義があれば強制執行、なければ先取特権にもとづく担保権の実行として申し立てます。相手の財産が分からない場合は、財産開示や第三者からの情報取得の手続きとあわせて進めます。
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- 暮らしの手続きナビ(まとめ)
制度の原文と公式のパンフレット・解説動画は 法務省「民法等の一部を改正する法律(父母の離婚後等の子の養育に関する見直し)」 で公開されています。
よくある質問
法定養育費は子1人あたりいくらですか。
月額2万円です。子の数を乗じた額になるため、子が2人なら月4万円、3人なら月6万円になります。令和7年法務省令第56号で定められ、改正民法とあわせて2026年4月1日から施行されています。
取決めをしていなくても本当に請求できますか。
民法第766条の3により、離婚の日から請求できます。ただし、父母の協議で取決めができた日、家庭裁判所の審判が確定した日、子が成年に達した日のうち、いずれか早い日までの間に限られます。また、支払う側が支払能力を欠くことや、支払うと生活が著しく窮迫することを明らかにしたときは、支払を拒めます。
公正証書がなくても差し押さえられますか。
子1人につき月8万円までの範囲であれば、養育費債権に一般先取特権が付与されたことにより、公正証書や調停調書といった債務名義がなくても担保権の実行として差押えができます。この範囲を超える部分については、従来どおり債務名義が必要です。手続き自体は裁判所への申立てが必要で、相手の勤務先や口座の特定も求められます。
法定養育費と、実際に取り決めた養育費はどちらが優先しますか。
取決めがある場合は取決めが優先します。法定養育費は取決めがない場合の特例として設けられた制度で、取決めができた時点で終わります。すでに月5万円で合意しているなら、法定養育費の月2万円が上乗せされるわけではありません。
2026年3月以前に離婚した場合も対象になりますか。
法定養育費は「離婚の日から」発生する仕組みのため、施行前に離婚した方への適用範囲は施行後の運用と裁判例を待つ部分があります。一方で、養育費請求調停の申立てや、取決めがある場合の差押えは施行前に離婚した方も利用できます。個別の可否は弁護士や法テラスにご確認ください。
養育費以外に変わったことはありますか。
離婚後の共同親権の導入、親子交流に関する規律の整備、父母以外の親族と子との交流の規律の整備などが同時に施行されました。財産分与については、請求できる期間が離婚から2年から5年に伸長され、婚姻中の財産の取得・維持に対する寄与の割合を原則2分の1ずつとすることが明確化されています。
基準日:2026年8月28日。出典=法務省民事局「民法等の一部を改正する法律(父母の離婚後等の子の養育に関する見直し)について〔令和8年4月1日施行〕」、同「養育費に関する法務省令の概要」(令和7年12月)、同「民法等の一部を改正する法律の概要」(令和7年12月)、厚生労働省「令和3年度 全国ひとり親世帯等調査」。施行直後の制度であり、運用は今後変わり得ます。個別の判断は必ず専門家にご相談ください。
